ドビュッシー 月の光 解説:フランス印象派の名曲
最近フランスのものと縁がある。フォーレ、サン=サーンス、サティ、そしてとうとうドビュッシーの月の光を弾くことになった。所謂フランス印象派(ドビュッシー自身は印象派と呼ばれることを好まなかったらしいが)。
私はしばしばあの特別な色彩感のある音楽から逃げ回っていた。私には到底表現しきれないと思っていたし、責任を負えないと感じていた。
若い頃一生懸命勉強していたのはドイツ語だった。ドイツ古典派・ロマン派の王道の作曲家が好きだった。音楽と言語は密接に関わっていると信じているため、語学は音楽をより深く理解するために必要だと感じていた。残念ながら、あれだけ必死に勉強していたドイツ語はスルスルと私の中から抜けていって消えてしまったが、それでも無駄ではなかったように思う。
しかし、フランス語は大人になってから必要に駆られて、とりあえず必要な単語と挨拶を習った程度だ。とてもじゃないが音楽の理解に必要な量が足りているとは言えない。私はずっと逃げていたのだ。
あの和音。あの色彩。あの雰囲気。
美しいと思う。素晴らしいと思う。
でも私には表現できない。
しかし、依頼が来てしまったのだ。私はプロフェッショナルである。プロだからこそ断るという決断が必要な時もあるが、今回私は「挑戦したい」と思ったのだ。
ドビュッシー 月の光とは
ドビュッシーは楽器や編成を問わず多くの名曲を残したが、ピアノソロ曲である《月の光》もその一つだ。本来は《ベルガマスク組曲》の第3曲にあたり、組曲全体の中でも人気が高く、この曲単体で演奏されることも多い。
変ニ長調、9/8拍子。Andante très expressif(極めて表情豊かに)の指示で始まる、6分前後の小品である。
月の光の背景:ヴェルレーヌの詩とヴァトーの絵画
《月の光》は、ポール・ヴェルレーヌによる詩集『艶なる宴(Fêtes Galantes)』に収められた一篇の詩から着想を得て生まれた。ドビュッシーはこの詩集の中から6つの詩を選び、まずは1882年に、そして再び1891年に歌曲として作曲している。ピアノ曲としての《月の光》はもともとは1890年に書かれ、1905年に改訂された。
そしてこの詩集もまた、ジャン=アントワーヌ・ヴァトー(1684〜1721)の絵画に触発されて書かれたものだ。

だからだろうか。ドビュッシーの月の光からは、単なる音だけではなく、詩や景色、色彩までもありありと感じ取ることができる。
詩「月の光」の日本語訳
月の光
あなたの魂は選ばれた風景(画)
その風景では魅力的な仮面(マスク)と踊り子(ベルガマスク)が歩く
リュートを弾いて踊りながらも
幻想的な変装の下でどこかもの悲しい。
短調の調べにのせて歌う
愛の勝利と心地よい人生を
でも幸せを信じていないようで
彼らの歌は月の光に溶け込む、
悲しく、美しい、月の光は、
木々の鳥たちには夢を見させ、
そして噴水をうっとりと啜り泣かせる、
大理石の像の間からの大きな噴水を。
(Wikipediaより)
やはりこういうものは原語で読むべきだと思うし、原語での発音やリズム感を理解することで音楽への理解もより深まるのではないかと私は信じている。再び辞書を引っ張り出す時が来たようだ。
ドビュッシー 月の光 演奏のポイント
クラシック演奏は譜面に書かれた音以上のものを読み解く必要があるが、この作品も例外なくそうだと言える。ドビュッシー自身が残した演奏に関するアドバイスを手がかりに、いくつかのポイントを整理しておきたい。

冒頭:3度の重音と3連符の柔軟性
曲は3度の重音で始まる。3連符の中に2連符が現れることで、リズムに微妙な抑揚が生まれている。キラキラと輝くようなメロディはppで演奏するよう指示があり、奏者には繊細な集中力が求められる。
ドビュッシー自身、序盤の3連符をあまりに厳密な拍子で演奏することは望まず、”全般的な柔軟性”があるべきだとしたらしい。
両手三和音のバランス
続いて現れる両手の三和音も、ppで演奏することが求められている。和音の中のどの音を立たせるか、和音同士のバランスをよく聴きながら判断する必要があるだろう。
中間部とペダルの扱い
中間部、この曲の中で最も感情表現が豊かになる瞬間に向かう部分について、ドビュッシーは”大袈裟にクレッシェンドやルバートをつけたりせず、凛とした表現にするように”と求めた。
左手のアルペジオについては、”ハープを演奏しているかのように、流動的でまろやか”に演奏し、ペダルを大いに活用することを推奨したという。”ペダルに溺れなければならない”という言葉さえ残されている。
印象派と向き合うということ
私にとってドビュッシーの作品を演奏することは挑戦だ。私の苦手意識と対峙しなければならない。そして必ず私は乗り越えなければならない。
良い演奏がしたい。
ドビュッシーの月の光のこの美しさをきちんと表現できるようになりたい。
私の音が優しい月の光のように誰かを包んだり照らしたりできたら良いのにと思う。
流石におこがましいか。
しかし演奏家として目指すところはそこだと信じている。
楽譜の向こう側にある作曲家の意図と対話すること。それが私の演奏の出発点だ。《ブルグミュラー 素直な心 解説》でも書いたように、こうした”対話”の積み重ねが演奏を作っていく。コンサートのステージでも、やえピアノ教室のレッスンの場でも、それは変わらない。
ドビュッシー 月の光 よくある質問
演奏技術の面では中級から上級にかけてとされることが多い。しかし表現の難しさを考えれば、技術的な難易度以上のものを求められる作品だ。ppの精度、ペダルの繊細な扱い、ルバートの加減など、譜面に書かれた音以上のものを読み解く力が問われる。
冒頭はAndante très expressif、ppで始まる。3連符の中に2連符が混ざることで微妙な揺らぎが生まれ、ドビュッシー自身は”厳密すぎる拍”ではなく”全般的な柔軟性”を求めた。中間部の左手アルペジオは”ハープのように流動的にまろやかに”とされ、ペダルの大胆な活用が指示されている。
組曲名は、ヴェルレーヌの詩「月の光」に登場する”ベルガマスク(北イタリア・ベルガモのダンス)”から取られたとされる。組曲は「プレリュード」「メヌエット」「月の光」「パスピエ」の4曲からなり、《月の光》はその第3曲にあたる。
技術的にはむしろ素朴な部類に入る曲だが、最も難しいのは”何を表現するか”だと私は感じている。詩や絵画から生まれた音楽だからこそ、譜面の裏側にある色彩や情景をどう自分のものにして弾くか。その問いに向き合うことが、この曲を弾くということだと思う。
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